天国への扉

グループ・ホームの見学に行ってきた
痴呆の老人たちが家庭的な雰囲気で暮らしている
老人たちはみんな穏やかで
自分でできることは自分でし
ときにすばらしい笑顔を見せてくれる

つれあいに先立たれた後痴呆になったら
私もこんなところに住むのだろうか
それもいいかもしれない
もしそのときが来たら一つお願いがある
私に壊れた携帯電話とキーボード、それに古ぼけた学術書を一冊与えて欲しい
私は毎日朝食後 介護のおねえさんに
自分が大事な研究に取り掛からなくてはならないことを
大真面目に宣言するだろう
偏屈な私のことだから
他の人々と少し離れ
自分の居室やリビングの片隅で
一人一日古ぼけた学術書をめくりながらキーボードをたたいたり
うたた寝をしながら過ごすだろう
ときには他の入居者相手に一方的に講義でも始めるのかもしれない
そして一日の終わりには
今もそうしているように
毎晩欠かさずつれあいに電話するだろう
そんな幸せで穏やかに朽ちていく日々が何年続くのか

しかし いつかは元気者の私にも最後のときが来るだろう
高い熱にうなされ もう水さえ飲めない
自分がどこにいるのかも定かでない
嵐のような呼吸音の向こうから
私に話しかけてくる優しい声は誰のものなのか
やがて私の魂はゆっくりと体を離れ
もう苦しみはない

その後どうなるのか
私の魂はどこに行くのだろうか
実は私には分かっている
私の魂はゆっくりと天に向かって昇っていくだろう
そのとき突然白い雲の上に金色に輝く天国への扉が現れ
大きく手を広げたつれあいが
私の魂をその胸に優しく抱きとめてくれるのだ
私にはその光景がはっきりと見える!
そんな勝手な空想にふけっていると
別に悲しいわけでもないのになぜか急に胸が一杯になってきて
あぁ 何だか思わず涙が出てきちゃったよ
                                       (2003年6月)