いま都市が選ばれる:競争と連携の時代へ

はじめに
 岡山でシンポジュウムがあると、東京から来たパネラ−の方は、ほとんど決まって「岡山は交通の便も良く、自然環境も良く、食べ物も美味しい、非常にいい街です」と言われる。多少、社交辞令的なところもあるが、これは間違ってはいない。そこで、「そんなに魅力があるのなら、住めばいいじゃないですか」と聞かれると、答えはだいたい否定的である。その理由は、東京でできる仕事が岡山ではできない、年をとってから住むのならいい、都市のイメージが弱くて刺激やインパクトに欠ける、などである。住みやすい都市といっても、やっぱり地方都市よりは、大都市東京なのかも知れない。
 しかし、これは別に岡山市に限ったことではないと思う。地方の中規模の都市でも、同様なことが言われるのではないだろうか。どういう都市かと言われて、一言で表現できる都市は、全国に六百五十以上も市がある中で、そう多くはないと思う。 しばしば、東北や北海道へ行った人が、飲み屋でそこの地元の人と話していて岡山から来たというと、地元の人が岡山が広島の西側にあるのか東側にあるか知らなかったという話を聞かされる。もっとも、これは岡山だけでないと思う。鳥取県と島根県ではどちらが西で東かとか、群馬県と栃木県とではどちらが左か右かよくわからない、などはよく聞く話である。だから、とくに悲観するほどのことでもないと思われる。これは、知らない方が悪いのである。でも、都市のイメ−ジが強くないことを示す一例でもある。
 自分自身のことを考えても、奈良から岡山に引っ越すときも、ずいぶん田舎に行くと思っていた。岡山はもちろん知っていた。学生時代に高松へ帰省するときには、いつも通っていたからである。つまり、通過していたのである。当時、一度だけ、岡山で人と待ち合わせて、後楽園に行ったことがある。 実際住んでみると、そうではない。たとえば、自転車で市内を回って用事が済ませるのは、明らかに地方中核都市の魅力で、福岡や広島のような中枢都市だとそうはいかない。しかし、もっと都会であって欲しいとも思う。
 都市というのは、その中に頑なまでに昔ながらの趣を残している地区もあれば、変わっていく地区もある。でも変わらない保存されている所が、訪れる人のためにだけあってはいけない。同時に、日々変化している都市の顔もある。新しい建物ができると、以前にそこに何があったのか思い出すことは、しばしば容易ではない。いずれにしても、住んでいる人たちが作っている姿が都市なのである。
 都市も変化すれば、また住んでいる人も変化している。生まれてからずっと、同じ場所に住んでいる人は少ない。進学や結婚、転勤などで、多くの人は、少なくとも複数の都市(あるいは農村)に住んだことがある。複数の都市に住まないと、比べることはできない。住むのと訪れるのは根本的に違うからだ。
 地方都市は、その歴史を生かした文化的な都市の形成が必要であると言われる。これは大都市にいる人が地方都市に求めている願望のようなものかも知れない。その都市に住む人が、その都市の機能と役割を認めて、主体的に目指す都市像として生まれてきたものであればいいだろう。そうでなければ、これはよけいなお世話である。 「住めば都」という言葉があるが、実は、人が住もうとするところが都なのである。それには、地方都市それぞれが個性を発揮して、人を惹きつけるようにすることが大切だし、また、人が住む都市を選べるような制度作りも必要になってくるのではないだろうか。
 本書では、このような問題意識から、以下、七つの章で、主に地方都市の今後のあり方について考えていく。 第一章では、まず昭和三十年代から最近までの地域振興の流れについて振り返る。時代の流れとともに地域振興の中身も変わってきている。歴史的流れの中で、地域振興の中身や方法の変化をみてみる。地域振興という地方の活性化も、その対象によって目標も異なる。それぞれの活性化の意味を述べる。さらに、活性化を考える際の視点として、地域の自給と自立、自律の概念の整理、基盤産業の役割について論じる。そして、活性化に必要な要素として、人材と地域資源の活かし方を考える。
 次の第二章では、最近の地方振興の流れを受けて、都市間競争あるいは地域間競争の問題について考える。まず、その都市間競争が言われるに至った背景について述べ、都市間競争の中身について考察する。そこでは、誤った競争の概念もあることを示す。そして、人が都市を選ぶという考え、都市(自治体)が自ら計画を立てるという時代で政策競争の必要性を述べる。
 物的環境が整いつつあるなかでの地域振興の課題は、いかに人的交流の場を創り出し、その意識を高めて、それをさらに広げていくかということになっている。都市あるいは地域の成長の原動力は、このような多種多様な人間の交流によって刺激が生まれ、新しいアイディアが創出され、それが情報となり多地域に発信され、具体化されることにあるといえよう。従来の点としての個別のアイディアや活動が線的につながりつつある今日、さらにそれらに面的広がりをもたせていくことが大切である。
 第三章では、都市間競争における交流と連携の意義とその必要性について考える。
 第四章は、一極集中と分散型の対比を様々な角度から検討する。都市や地域経済が相互にバランスよく成長しないと、国民経済はいびつな成長になってしまう。今日の東京一極集中による日本経済の成長は、その現れである。もちろん成長するとは、必ずしも生産額や所得が増加することだけではない。質的な豊かさが伴うことが必要である。東京一極集中の功罪と地方分権の問題について、最近の制度の評価も入れて考える。
 第五章では、地方都市の国際化の必要性を考え、今日の取り組みについていくつか紹介する。地方都市の国際化における空港の意義、コンベンションの役割と課題、さらに都市に住んでいる人の国際化への対応や自治体の姿勢についても言及する。
 第六章は、五章までとは視点を変え、都市の内部の問題に焦点を当てる。まず、都市の空洞化の問題について、その意味するところと対応について示す。次に、都市計画と市場メカニズムの役割と限界について、相互の補完性が重要であることを述べる。最後に、まちづくりとコミュニティの問題を考える。
 第七章は、地方都市の目指す方向の主張である。地域としての地方都市の役割と都市政策の主張、さらに、地方の情報源としての新聞の役割について述べている。 なお、補論では、参考として、限定的ではあるが、中四国における最近の広域政策やビジョンについて紹介し、若干のコメントをつけている。

第一章 地域振興とは何か
 一.地域振興の流れ
   高度成長の時代、地方の時代、地方問題の時代、東京問題の時代、東京と地方の時代
 二.地域の活性化とは
   範囲と対象、なぜ活性化か、何を目指すのか
 三.活性化の視点
   自立と自給、発展のメカニズム、複数の基盤産業
 四.活性化の要素
   地域の比較優位性、人的資源
第二章 都市間競争の時代
 一.なぜ都市間競争か
   人口の頭打ち、量から質へ、 自治体の認識
 二.都市間競争とは
   都市と市、並列型競争、縦列型競争、誤った競争
 三.都市が選別される
   移動の理由、地域選択の考え、選択と魅力
 四.都市政策の競争
   異質性の競争、競争と最適、競争の評価
第三章 交流と連携の必要性
 一.交流とは何か:交流の効用
   直流と交流、交流の効用、非日常性の発見、連携への一歩
 二.なぜ交流と連携なのか
   可動性の高まり、格差の存在、異質性の認識
 三.どんな交流か:交流の中身
   交流の種類、文化と交流、政策の交流
 四.何が必要か:交流の要件
   交流・連携の軸、交流の手段、交流の場、
 五.競争と交流・連携
   交流と競争、ベイ・エリア、倉敷と岡山、定住と交流
第四章 一極集中型 VS 分散型
 一.都市システムはどうなっているのか
   一極集中はいつからか、多極分散型の現実、一極集中は止まったのか、地方都市のジレンマ
 二.なぜ一極集中するのか
   単純な理由、集まることのメリット、集まりすぎることのデメリット、最適都市規模の評価 、間違った地域間分業
 三.東京一極集中の功罪
   一極集中の費用と便益、都市政策の評価、競争の基盤と分権
 四.地方分散と地方分権
   地方分権と東京、分散のメリット・デメリット、首都移転の必要性、地域の同質性
 五.地方分権の手始め
   「パイロット自治体制度」、「地方拠点都市法」の効果、「中核市」制度は分権か 地方分権のスタイル
第五章 地方都市と国際化
 一.地域の国際化
   なぜ国際化か、経済学的意義、姉妹都市の効用
 二.インフラの活用
  チャ−タ−便の実績、空港間の連携、インフラの課題
 三.国際的地方都市
   手段としてのコンベンション、地方コンベンション、住む人の国際化への第一歩 住む人の国際化への次の一歩、地方都市の国際化、受け入れる自治体の国際化
 四.国際化の相互関係
   自治体の国際化と企業、自治体の国際化と中央支援、都市の国際化と地方分権
第六章 都市の中をどうするか
 一.都市の空洞化問題
   昼と夜の人口、都心の意味、様々な空洞化、空洞化の問題点
 二.都心の空洞化と再生
   都心居住の意味、商業地区の再生、都市としての考え
 三.都市計画と市場メカニズム
   都市を計画する理由、市場メカニズムの限界、都市計画の功罪 誤った政策の例、これからの都市計画
 四.都市コミュニティとまち作り
   魅力あるまちとは、コミュニティの意義、コミュニティの活性化と安定性、地域社会への関わり まち作りの理念、まちの個性、コミュニティにおける個性、まちづくりの展望
第七章 地方都市が主張すること
 一.地域としての地方都市
   地方と地域、再びベイ・エリア、NOといえる都市、発想の転換
 二.地方都市の主張
   都市の魅力、都市政策の主張、新たなジレンマ、ジレンマを越えて、正しい成長管理 五全総の必要性
 三.地方紙の主張
   地方紙とは、地方紙の役割、地方紙の連携、地方紙の主張
付論 中四国における広域交流・連携の動き
 一.瀬戸大橋による広域化
   通行量、観光、生活圏、生活圏、評価
 二.南北軸への取り組み:中四国五県
   鳥取県、島根県、岡山県、香川県、高知県
 三.広域交流施設の整備
   播磨科学公園都市、境港FAZ、岡山リサ−チパ−ク、広島中央サイエンスパ−ク  香川インテリジェントパ−ク
 四.三橋時代へ向けて
   ビジョンづくり、広域観光、課題と展望
おわりに
座談会