本ページでは,公益財団法人JKAの補助を受けて実施した事業の成果を掲載しております.
なお,事業の成果には未公表の内容が含まれる場合があるため,本ページの内容は成果の抜粋であることをご承知おきください.
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1. 研究の概要
世界では20億人程度が淡水を自由に使うことができない状態にあり,この課題解決のため霧からの液体回収が注目されている.本研究では,回収装置となる細線に付着した液滴の挙動を制御することで,高効率に回収可能な装置の開発を目指している.具体的には,細線の周方向に超はっ水性から超親水性となる濡れ性の変化を持たせることで液滴を輸送し,回収量への影響を評価した.また,ハープ状に並べた細線同士の間隔や,霧の流速が回収量に与える影響について実験的に検討した.
2. 研究目的
水は多くの生き物にとって不可欠であるだけでなく,工業的にも重要な資源として認識されている.一方,淡水は地球上の水の数%しかなく,人類が使用できるのは湖や河川など,そのうちのごくわずかとされている.そのため,工業的に淡水を得る手法が検討され,蒸留や逆浸透を利用した手法が用いられている.しかしながら,これらは水源や多くのエネルギー投入が必要であるため,それらのないところでは異なる淡水製造技術が求められている.その手法の1つとして,空気中を漂う霧からの液体回収が近年注目されており,平板やメッシュ,ハープ形状など,様々な回収装置が提案されている.本研究ではハープ形状の装置に着目し,ハープを構成する細線上での液滴挙動を制御することで,より高効率に液体を回収することを目標にしている.
3. 研究内容
(1)液滴輸送挙動の評価
細線には直径0.5mmの銅線を使用し,濡れ性調整のための処理を施した.その後,表面の一部をプラズマエッチング処理することで親水面を露出させた.図1(a)に実験に使用した装置の概要を示す.霧発生槽で生成した霧をファンによって細線に吹き付ける構造となっており,細線は霧の出口から40mm後方に設置されている.図1(b)に細線表面の構造を示しており,数百nm程度の太さの針状構造が確認された.同様な処理を行った平板による濡れ性評価結果をより,表面構造とはっ水化処理では図1(c)に示すように液滴が球状を保つ超はっ水性を示し,はっ水被膜を除去することで図1(d)に示すように液体が薄く広がる超親水性を示すことが分かった.これより,細線の片側を超はっ水性,反対側を超親水性として霧の上流側に超はっ水面が来るように設置することで,細線に付着した液滴は周方向に輸送されると予想される(図1(e)).この際の物理は,液滴両端における濡れ性の差に起因する力(図1(f))によるものと考えられる.
液滴輸送挙動を評価するため,細線全体を超親水性(SHL)としたもの,超はっ水性(SHB)としたもの,SHBの一部をSHLとしたHybridのものの3つを用意した.図2には,Hybrid細線に付着した液滴の挙動を示す.矢印で示された液滴が細線の周方向に超親水側まで移動していることがわかる.これは,細線に付着していた液滴が霧中の液滴と合体することで成長し,図1(f)に示すメカニズムで移動したものと考えられる.一方,SHB細線では成長した液滴が重力によって細線から離脱し,下方に付着している液滴を巻き込みながら落下する様子が見られた.また,SHL細線では細線表面に液膜が形成されるのみであった.
図1 (a)霧回収実験装置の概要 (b)細線のSEM像 (c)超はっ水面上の液滴 (d)超親水面上の液滴 (e)細線に付着した液滴移動の概要 (f)液滴移動の物理
図2 Hybrid細線上での液滴輸送
(2)液体回収量の評価
液体回収量は,霧の流路幅(25mm)内に細線を配置した回収装置(図3(a))を用いて評価した.ここでは,細線中心同士の間隔wを3.0,2.0,1.5,1.0および0.75mmに変更し,これによって霧流路断面における回収装置の面積割合を示すShade coefficient(SCgeo)が0.17,0.25,0.33,0.50および0.67となるようにした.また,図3に示す細線配置(SCgeo=0.25)を1段として,霧の流れ方向に複数段を千鳥配置で重ねた回収装置を用いて実験を行った.各段の間の距離hは1.0mmとし,2~5段まで実施した.なお,霧の速度は1.5,2.0,3.0および4.0m/sに変更して実験を行った.
図4にHybrid細線を1段配置した際の実験結果を示す.ここで回収装置の性能は,霧発生槽から回収装置に向けて吐出された霧の質量に対する回収量の割合(回収効率:)で評価している.また,図2からわかるように,細線に液滴が付着することで流路断面に対する回収に寄与する面積割合が増加する.この時の実効SC(SCa)は,実験中の様子から解析することで求めている.これらを踏まえて図4を見ると,各速度において回収効率はSCaとともに増加し,最大値を示した後に低下していることがわかり,この傾向は線で示された理論予測とも一致している.これは霧回収に寄与する断面積が大きくなりすぎる(SCa=0.6程度以上)ことで流れの抵抗となり,回収装置に流入する霧の量が低下したためである.一方,SCgeoによらず,流速が増加するほど回収効率は向上しており,これは流路中の霧粒子の持つ慣性力が大きくなることで細線を回避しにくくなるためである.また,各SCgeoにおいて流速が増加するとSCaが低下する傾向がみられる.これは流速が増加することで細線に付着している液滴が後方の超親水性部分に輸送されやすくなったためと考えられ,これらの結果は液滴が付着した後のSCaが0.5~0.6となるように流速に合わせてSCgeoを調整することが回収量の最大化につながることを示唆している.なお,得られた回収効率の最大値は11.9%であり,理論値と比較して5%程度低いものであった.これは回収した液滴の蒸発や,付着した小さな液滴が霧流に飛ばされてしまうなどしたためと考えられる.
図3 霧回収装置における細線配置の模式図 (a)1段の場合および(b)2段の場合
図4 Hybrid細線を用いた回収装置(1段)での実験結果
4. 今後の展望
水は人間が生きてゆくために必須の資源であり,供給網の発達していない山岳地域などで実用化することで,生活用水の一部を賄うことができると考えられる.しかし,本研究で使用した霧は自然発生する霧と比較して数十倍濃いため,より大型の回収装置の構築が必須である.また,流速や風向きも安定しないことが想像できるため,今後もより高効率な回収装置を検討していく必要がある.
1. 研究概要
高温に加熱された物体から放射される赤外線の波長や強度は物質により固有であるが,メタ表面と呼ばれるナノメートルスケールの微細構造を金属の表面に施すことで,これを制御することが可能となる.しかし,金属はたとえ高融点であっても大気中で数百℃に加熱すると酸化等が生じ,微細構造の劣化が生じる.本事業では,高融点の金属とセラミックを組み合わせたメタ表面の設計や製作に取り組み,数百℃の大気環境下であってもふく射の波長制御を可能とする放射体の実証に取り組んだ.
2. 研究目的
高温の物体が放射するふく射(赤外線)を利用した加熱機器は暖房用途(オイルヒータなど)から食品加工用途(木炭など)まで幅広く用いられている.赤外線は空間中において減衰せず,熱源から加熱対象まで瞬時に熱を伝える.ふく射の強度は放射体(ヒータ)の温度の4乗に比例するため,放射体が高温となるほどふく射の影響は支配的となる.また,放射体からの熱エネルギーを加熱対象へと伝えるためには対象の化学種(水分子など)の吸収波長と赤外線の波長がよく一致する必要があり,吸収されない波長のふく射は周囲へと散逸しエネルギーの損失となる.近年では,遠赤外線による加熱効果を謳った加熱機器が多数市販されているが,一般的な家電に用いられる物質から放射されるふく射には不要なものも含め幅広い波長のものが含まれるため,十分な熱効率とは言いきれない.仮に,ヒータから放射されるふく射の波長帯を周囲の物質が吸収しやすい範囲に絞るため,メタ表面と呼ばれる微細構造により物質本来が放射するものには限定されない波長のふく射を放射することのできる放射体の開発が近年進められているが,ふく射がより支配的となる数百℃まで放射体を加熱した際の耐久性が課題となっている.加熱物体の温度が上昇するほど,放射されるふく射の強度も高くなるため,メタ表面放射体の工業的な応用を進めるためには熱耐性の付与あるいは劣化を前提としたメタ表面の設計が不可欠である.金属を用いたメタ表面放射体を高温の大気環境下で使用可能とするため,酸化による劣化が生じず熱耐性の高いセラミック層で金属層を覆ったメタ表面の設計や製作に取り組む.幾通りかの模擬試料に対する加熱試験を通じて,最大で1000℃程度の高温環境であっても繰り返し使用可能な放射体の設計指針や製作方法について知見を得ることを目的とする.
3. 研究内容
(1)金属-セラミック混合基板の加熱試験
シリコン基板に金薄膜をスパッタリングした試料を常温から400℃まで加熱したところ,図1(a),(b)のように基板表面で金が融解する現象が観察され,表面性状の劣化も生じた.金の融点は通常1064℃である.しかし,金原子がシリコン原子と合金を作ると,融点が363℃まで下がる(共晶溶融現象)ため,期待されていた程の熱耐性が得られないことが明らかとなった.一方タングステンの融点は3422℃と極めて高く,共晶溶融現象が生じたとしても融点は十分に高い.しかし,シリコンータングステン多層膜を400℃以上に加熱したところ,図1(c),(d)のように酸化に伴う変色が生じ,表面の反射率も大きく低下することが光学物性測定により確認された.これらの結果を踏まえ,図2(a)に示す,シリコン基板上にタングステンと金を順に積層した多層膜の熱耐性評価を行った.この形態は,シリコン-金間の共晶溶融とタングステンの酸化の両方を防ぐことを企図したものである.加熱実験の結果,510℃までであれば図2(b),(c)の通り表面の酸化や性状の劣化を防げることが明らかとなり,メタ表面の熱耐性向上へ向けて有用な基礎的知見となった.
図1 Si基板上の(a),(b)Auあるいは(c),(d)W薄膜の加熱(a),(c)前あるいは(b),(d)後の顕微観察結果.
図2 (a)Si-W-Au多層膜.加熱(b)前あるいは(c)後のSi-W-Au多層膜の顕微観察結果.
(2)数値シミュレーションによる構造設計
時間領域差分法(finite difference time domain method: FDTD)を用いた電磁場に関する数値シミュレーションにより,メタ表面赤外線放射体の設計を行った.これまで,図3(a)に示す構造全体が金属で構成された矩形キャビティ放射体を加熱することにより,波長を限定した赤外線を放射できることがわかっていた.本事業では熱耐性の観点から金属の使用割合を減らすため,図3(b),(c)のようにシリコン基板で構成された矩形のキャビティ構造の表面に金属膜を施した構造を提案し,その放射特性をシミュレーションにより評価した.その結果,基板をセラミックとした場合であっても,表面に金属層をコーティングした上でキャビティの開口部サイズ(Lx, Ly, Lz)を統一すれば,金属のみによって構成された矩形キャビティと同等の放射率スペクトルを発現することが明らかとなった.
また放射体の製作に先駆けて,ベイズ最適化を用いたキャビティ構造の形状最適化を行った.本事業では,水や氷を放射体からのふく射により加熱することを想定して,波長2.9μmに放射率の極大値を持ち,かつその波長選択性が高くなる構造パラメータの探索を行った.その結果,当初想定の通りの期間で最適なパラメータを導出することができた.
図3 (a)周期的キャビティ構造. (b)金属あるいは(c)Siを基板としたキャビティ断面の模式図.
(3)金属-セラミック混合メタ表面放射体の製作
シリコン基板上に,電子線描画,反応性イオンエッチング,スパッタリングを行うことで,メタ表面赤外線放射体の製作を行った.本事業の上半期には,開口部幅が6.0μm,深さが1.7μmである矩形のキャビティを周期的に付与したシリコン基板上にタングステンをスパッタリングしたメタ表面を製作し,加熱の前後における放射率スペクトルの変化度合いを評価した.メタ表面が引き起こす共鳴現象のため,加熱前には放射率スペクトルに赤外線の波長依存性が確認された一方で,加熱後には表面のタングステンの酸化により波長によらず放射率が一定となりメタ表面の機能が失われていることが確認された.
下半期には,項目①,②の実施結果を踏まえて,シリコン基板上へタングステンと金を順に積層することで熱耐性を付与したメタ表面の製作と評価を行った.図4は作成した矩形キャビティ構造の断面の電子顕微鏡写真である.本研究では,このキャビティ構造を一定温度まで昇温した後に冷却して観察するという工程を繰り返し,熱耐性を評価した.260℃付近までは,常温時と同じ構造が維持されているため,放射率スペクトルについても変化は確認されなかった.一方で340℃以上に昇温すると,徐々にキャビティ内部の壁面に堆積していた金属層の融解が観察され,放射率スペクトルの波長依存性が失われていく様子が確認された.これは,スパッタリング工程で十分な厚さの金属層を壁面に堆積させることが出来なかったために,金属層の欠陥部分から酸化や共晶溶融が進行したことが原因であると考えられる.金属多層膜を微細構造の周囲に均一に堆積させる技術の確立が,メタ表面の熱耐性をさらに向上させるために不可欠であることが明らかとなった.
図4 加熱試験前後のキャビティ表面状態の変化.
4. 今後の展望
ナノ・マイクロ加工技術の進歩に伴い,特定の波長のふく射(赤外線)を選択的に放射する性質を持った赤外線ヒータの産業応用が進んでいくと予測される.本研究は,そのような赤外線ヒータを用いた製品の実現あるいは性能向上の上で不可欠となる,耐久性に関する課題の解決に資する基礎的な研究である.今後もメタ表面放射体の熱耐性を向上させるためのノウハウを継続して積み上げることで,加熱,乾燥装置への導入機会の増加を目指す.
1. 研究概要
高温の物体から放射される熱ふく射(赤外線)を用いた加熱機器が暖房用途から食品加工用途まで幅広く用いられている.ふく射は空間中で減衰せず,ヒータから受け手へと瞬時に熱が伝わる利点を有している.本研究では,加熱性能は維持しつつも省エネルギー化を達成する赤外線ヒータの実現へ向けて,放射されるふく射の波長帯を水や有機溶媒分子が吸収しやすい範囲に絞った赤外線放射体の開発や水や有機溶媒の加熱試験を行い,放射体から放射される熱ふく射の波長が被加熱対象の温度上昇速度に与える影響を評価した.
2. 研究目的
赤外線ヒータから放射されるふく射の波長と,人体や食品に多く含まれる水分子の吸収波長とが一致しない場合,周囲に熱が散逸しエネルギー損失の原因となる.過去の研究により,数μm角かつ深さも数μm程度となる矩形キャビティが周期的に付与された金属板が高温に加熱されると,特定の波長の熱ふく射を強く放射するようになることがわかっているが,硬く化学的にも安定である金属を自在に加工することは容易ではない.本研究では,微細キャビティ構造を有する金属製赤外線放射体の製作手法を確立するとともに,波長帯が限定された赤外線が液体の温度変化に与える影響の大きさを実験的に解明することを目的とする.
3. 研究内容
(1) 微細キャビティ放射体の製作
金属(タングステン)基板上に微細キャビティ構造を施すため,反応性イオンエッチングによる加工を行った.金属基板上に耐エッチング特性をもつ有機高分子膜(レジスト)を塗布した後に電子線を照射し,キャビティ開口部に対応する位置のレジストを除去する.次にエッチングを行うことで,キャビティ構造をを持つ金属板を得た.しかし,本手法で製作したキャビティの深さには課題が残り,水やオレイン酸の加熱に効果を発揮する波長数μmの熱ふく射が強く放射されるものとはならなかった.本事業の期間においては手法の改良が間に合わなかったため,代替となる加工手法の検討を行った.
次に,金属よりも加工が容易なシリコン基板上に微細キャビティ構造を付与し,後に金薄膜をスパッタリングによって付与することで,図1に示す微細構造を製作した.この構造は,金属とシリコンの線膨張係数の違いに起因する脆性を有するものの,金属基板上に直接構造を付与した場合と同様の放射特性を発揮することが数値シミュレーションにより確認されている.2024年度の上半期中を目処に,本手法を用いて製作した赤外線放射体の性能評価を進めていく予定である.
(2) 赤外線放射体を用いた加熱試験
図2に示す加熱試験装置を用いて,オレイン酸や水の加熱実験を行った.放射体としては,微細キャビティ構造を有する放射体の代わりにSiO2及びCaF2ガラス放射体を用い,液面から5mm程度の間隔を空けて設置した.SiO2ガラス放射体は水やオレイン酸がよく吸収する波長6μmの赤外線をよく放射する一方で,CaF2ガラス放射体はあまり放射しない.そのため,放射体温度が同じ場合,SiO2ガラス放射体を用いた場合の方が水やオレイン酸の表面温度の上昇が速いことが確認された.また,被加熱対象周りの温度の経時測定により,加熱された放射体と被加熱対象が近接している場合であっても熱伝導や対流の影響は比較的小さく,ふく射による伝熱が被加熱対象の温度上昇に強く影響していることが明らかとなった.
4. 今後の展望
本研究を通じて,赤外線を利用したヒータ(放射体)が有している水や有機溶媒に対する高い伝熱能力が定量的に確認された.また,本研究ではあくまで液体の加熱を念頭においた実験を遂行したが,今回確認された熱ふく射の高い加熱能力は,固体として存在する水(氷)の融解をはじめとする,物質の相変化の促進への応用も視野に入ってくる.本研究で得られた知見を踏まえた,従来品よりも高いエネルギー効率や加熱速度を発揮する,新しい赤外線ヒータの開発や実用化が期待される.