本ページでは,公益財団法人JKAの補助を受けて実施した事業の成果を掲載しております.
なお,事業の成果には未公表の内容が含まれる場合があるため,本ページの内容は成果の抜粋であることをご承知おきください.
1. 研究概要
高温の物体から放射される熱ふく射(赤外線)を用いた加熱機器が暖房用途から食品加工用途まで幅広く用いられている.ふく射は空間中で減衰せず,ヒータから受け手へと瞬時に熱が伝わる利点を有している.本研究では,加熱性能は維持しつつも省エネルギー化を達成する赤外線ヒータの実現へ向けて,放射されるふく射の波長帯を水や有機溶媒分子が吸収しやすい範囲に絞った赤外線放射体の開発や水や有機溶媒の加熱試験を行い,放射体から放射される熱ふく射の波長が被加熱対象の温度上昇速度に与える影響を評価した.
2. 研究目的
赤外線ヒータから放射されるふく射の波長と,人体や食品に多く含まれる水分子の吸収波長とが一致しない場合,周囲に熱が散逸しエネルギー損失の原因となる.過去の研究により,数μm角かつ深さも数μm程度となる矩形キャビティが周期的に付与された金属板が高温に加熱されると,特定の波長の熱ふく射を強く放射するようになることがわかっているが,硬く化学的にも安定である金属を自在に加工することは容易ではない.本研究では,微細キャビティ構造を有する金属製赤外線放射体の製作手法を確立するとともに,波長帯が限定された赤外線が液体の温度変化に与える影響の大きさを実験的に解明することを目的とする.
3. 研究内容
(1) 微細キャビティ放射体の製作
金属(タングステン)基板上に微細キャビティ構造を施すため,反応性イオンエッチングによる加工を行った.金属基板上に耐エッチング特性をもつ有機高分子膜(レジスト)を塗布した後に電子線を照射し,キャビティ開口部に対応する位置のレジストを除去する.次にエッチングを行うことで,キャビティ構造をを持つ金属板を得た.しかし,本手法で製作したキャビティの深さには課題が残り,水やオレイン酸の加熱に効果を発揮する波長数μmの熱ふく射が強く放射されるものとはならなかった.本事業の期間においては手法の改良が間に合わなかったため,代替となる加工手法の検討を行った.
次に,金属よりも加工が容易なシリコン基板上に微細キャビティ構造を付与し,後に金薄膜をスパッタリングによって付与することで,図1に示す微細構造を製作した.この構造は,金属とシリコンの線膨張係数の違いに起因する脆性を有するものの,金属基板上に直接構造を付与した場合と同様の放射特性を発揮することが数値シミュレーションにより確認されている.2024年度の上半期中を目処に,本手法を用いて製作した赤外線放射体の性能評価を進めていく予定である.
(2) 赤外線放射体を用いた加熱試験
図2に示す加熱試験装置を用いて,オレイン酸や水の加熱実験を行った.放射体としては,微細キャビティ構造を有する放射体の代わりにSiO2及びCaF2ガラス放射体を用い,液面から5mm程度の間隔を空けて設置した.SiO2ガラス放射体は水やオレイン酸がよく吸収する波長6μmの赤外線をよく放射する一方で,CaF2ガラス放射体はあまり放射しない.そのため,放射体温度が同じ場合,SiO2ガラス放射体を用いた場合の方が水やオレイン酸の表面温度の上昇が速いことが確認された.また,被加熱対象周りの温度の経時測定により,加熱された放射体と被加熱対象が近接している場合であっても熱伝導や対流の影響は比較的小さく,ふく射による伝熱が被加熱対象の温度上昇に強く影響していることが明らかとなった.
4. 今後の展望
本研究を通じて,赤外線を利用したヒータ(放射体)が有している水や有機溶媒に対する高い伝熱能力が定量的に確認された.また,本研究ではあくまで液体の加熱を念頭においた実験を遂行したが,今回確認された熱ふく射の高い加熱能力は,固体として存在する水(氷)の融解をはじめとする,物質の相変化の促進への応用も視野に入ってくる.本研究で得られた知見を踏まえた,従来品よりも高いエネルギー効率や加熱速度を発揮する,新しい赤外線ヒータの開発や実用化が期待される.