ガガウズ人のことばと暮らし -キリスト教徒のトルコ人-


  大多数のトルコ人はイスラム教徒ですが、そのなかで客をワインや豚肉を使ったごちそうでもてなしてくれる人たちがいます。ガガウズ人といわれる黒海沿岸北西部を中心に分布するトルコ系の少数民族です。ガガウズ人のルーツとしては諸説あるようですが、オウズ族、キプチャク族、セルジュク族等のトルコ系か、あるいはトルコ系諸民族の混合説が有力です。ことばの面からするとガガウズ語はトルコ語の一方言であり、モルドバ共和国を中心にブルガリア、ウクライナ等に話者を持っています。このほかにもロシアやカザフスタンなどの旧ソ連領の諸国や、ブラジルへの移民を含めると全体で30万人ほどにもなるといわれています。今回は、ガガウズ人がもっとも多く居住しているモルドバ共和国南部のガガウズ人自治区を1997年の夏に訪問したとき実際に見聞したことをお話ししようと思っています。
モルドバ共和国ではガガウズ語の話者はガガウズ人に限られています。ちなみにこの国の主要言語はルーマニア語系のモルドバ語ですが、ガガウズ人の間では従来学校教育で用いられてきたロシア語が第一言語として浸透しています。ガガウズ語話者はモルドバ共和国の全人口の約3パーセントであり話者数は約150,000人程度と推測されます。しかしロシア語との2言語併用が進んでおり、完全にガガウズ語を保持しているのは中高年層が中心で若年層はこの言語を失いつつあるというのが現状です。ガガウズ人は宗教的には他のトルコ系民族と異なりキリスト教徒で、またモルドバ人とは違った独自の文化を持つ民族です。正書法は現在はラテン文字を使用していますが、ソ連崩壊後までキリル文字を使用していました。一貫した書き言葉を持ったのは比較的最近(1957年)であり、それまでは口承の文学などを保持してきました。その民謡を中心とする口承文学には中央アジアからのトルコ民族の民謡との共通性が数多くみられ同じトルコ民族としての自覚を促す要因の一つとなっています。
 ガガウズ語の文法的特徴で大変興味深いのは語順の自由さです。述語が文頭にきたり、文中にきたりするような語順が頻繁に見られます。これはロシア語をはじめとするスラブ系の言語との言語接触により影響を受けた結果であるといわれています。トルコ語よりもかなり自由な語順を許す点はバルカン半島一帯で使用されているバルカン-トルコ語にも当てはまる特徴です。
 さて次に現地の様子を簡単にお話ししたいと思います。一般の日本人がモルドバ共和国に入国するのは少々手間がかかります。まず査証をとらなくてはなりません。その際に受け入れ先の招待状が必要です。私の場合はトルコの大学で留学生として学んでいる学生さんと一緒に行くという形でアンカラのモルドバ大使館で査証を入手することができました。モルドバへの交通手段はトルコからですとバスで2日、列車で3日かかるそうですが飛行機なら1時間弱の距離です。飛行機はモルドバ航空という日本では予約不可能な航空会社でイスタンブルに代理店があります。コムラットではコムラット大学という小さいながらもガガウズ人のための国立大学があり、ガガウズ人はもとよりトルコからの学生たちも学んでいるそうです。近郊の村にはガガウズ民族博物館があり、訪問者の中で私が二人目の日本人ということで、帰りにはおみやげにガガウズの民族音楽のレコードをプレゼントしてくれました。ガガウズ人の人たちは、みんなとても気さくで、見知らぬ外国人に対しても非常に親切にしてくれました。客をもてなすことが好きなことはトルコの人たちと同じで、またガガウズ人が誇りにしているところです。また容姿に関しては肌の色はそれほど白いわけではなく、全体的に小柄で親しみやすく感じました。しかしトルコ人に言わせるとトルコ人とは容姿の上では明らかに違いがあるそうです。また道を歩いていても外国人だからとじろじろと凝視されることありませんし、また通りでは女性の姿もよく見かけることができます。ワインの産地としても有名で、食卓に着くとまずワインで乾杯し、おしゃべりに興じます。料理は東ヨーロッパ風の煮込み料理が主体で、トルコ料理ほどオリーブ油を多用しないので日本人の口にはよく合うと思います。同行した留学生によると、ガガウズ人自治区とはいうものの警察等の治安組織はモルドバ人に委ねられており、賄賂が横行し窃盗を中心とする犯罪が増えているなどの問題があるそうです。ガガウズ人は元来、農業に従事する人たちです。市場には想像以上にさまざまな商品や農産物が出まわっておりますが比較的高い値が付いているため自由に買えるわけではありません。宗教は異なるけれども同じトルコ民族としてトルコ政府も積極的に経済支援をしているようです。
日本ではガガウズ人についてはほとんど知られていませんが、私は今回の短い訪問でモルドバ共和国で自治区を手にしたガガウズ民族の自信と誇りを感じることが出来ました。
   日本トルコ文化協会 発行
   KOPRU通信 Vol.37 1999 Summer より
   (第53回 トプカプさろん/1999年6月12日 講演要旨)
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