Research
研究内容

研究概要

 膜輸送体(トランスポーター)は、伝達物質や薬物・代謝物・イオン等の輸送を司る膜タンパク質であり、体内の恒常性の維持に重要です。 その機能異常により多くの疾病が発症することが知られています。ヒトにおいては500以上のトランスポーターが存在していますが、 普遍的な輸送活性法が確立されていなかったため、過半数のトランスポーターの機能が依然として不明のまま残されています。 そのため、トランスポーターを標的とした薬は、受容体や酵素を標的とした薬と比べると、格段に少ないものでした。
 そこで我々は、全てのタイプのトランスポーターの単一の機能を定量的に評価できる実験系を構築し、これまでの課題を解決しました。 すなわち、任意のトランスポーターを昆虫細胞などに大量発現・精製し、人工の膜小胞に再構成するというものです。特に当研究室では、 生命活動に重要な神経伝達や代謝調節、免疫応答を司るトランスポーターに着目し、(1)分子生物学と生化学、(2)構造生物学、 (3)細胞生物学と組織化学、(4)動物行動学といった実験手法と(5)オミックス解析を駆使して、トランスポーターの輸送基質を同定し、 構造と輸送機構、生理機能を明らかにしています。トランスポーターの創薬標的としての意義を明らかにし、 トランスポーターを標的としたFirst-in-Classの創薬を目指しています。
解説図

研究論文の概説

(1) Vesicular nucleotide transporter is a molecular target of eicosapentaenoic acid for neuropathic and inflammatory pain treatment.

Kato Y, Ohsugi K., Fukuno Y., Iwatsuki K, Harada Y., Miyaji T
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America   119 (30) e2122158119   2022年7月
「EPAの「慢性疼痛」予防・改善 岡山大が分子メカニズム解明」
日刊工業新聞に研究成果が紹介されました。
 オメガ3系多価不飽和脂肪酸は魚油や亜麻仁油、エゴマ油などに多く含まれており、生活習慣病の予防・治療効果のある必須栄養素の一つですが、ヒトは生合成できないため、食事から摂取しなければなりません。とりわけエイコサペンタエン酸(EPA)は、1970年代のデンマーク人とグリーンランドのイヌイットの疫学調査以降、多くの基礎・臨床研究により、神経保護効果、心血管保護効果、抗炎症効果によって、慢性疼痛やうつ病、高脂血症や動脈硬化、糖尿病、慢性炎症などに有効であることが報告されていました。
 EPAはアラキドン酸カスケードに関わるシクロオキシゲナーゼ(COX)を拮抗阻害することで、炎症促進作用や発痛増強作用を持つプロスタグランジンの産生を抑制することが知られていました。しかしながら、EPAは神経障害性疼痛に有効であるにもかかわらず、COX-2阻害剤(非ステロイド性抗炎症薬:NSAIDs)では神経障害性疼痛に奏効しにくいなどの分子メカニズムの矛盾があり、これまでの分子標的だけでは全てのEPAの薬理効果を説明できていませんでした。
 我々はEPAの薬理効果が小胞型ヌクレオチドトランスポーター(VNUT)阻害剤の薬理効果と一致することに気がつき、VNUTがこれまでの薬理効果の矛盾を説明できるEPAの分子標的であると仮説を立てました。独自のトランスポーター解析技術を用いて、EPAが極めて低濃度でVNUTを阻害することを見出しました(半数阻害濃度 67 nM)。また、EPAは神経細胞からのATPの開口放出を選択的に阻害しました。化学療法誘発性神経障害性疼痛モデルマウスにEPAを投与すると、既存医薬品よりも有効かつ少ない副作用で鎮痛効果を発揮しました。VNUT遺伝子破壊マウスにEPAは無効であったため、EPAはVNUTを標的に鎮痛効果を発揮していると結論しました。さらに、EPAは神経障害にて生じるインスリン抵抗性や坐骨神経の部分結紮による神経障害性疼痛、カラゲニン誘発性炎症性疼痛にも有効でした。今後、EPAによるトランスポーター創薬が期待されます。

(2) Identification of a vesicular ATP release inhibitor for the treatment of neuropathic and inflammatory pain.

Kato Y, Hiasa M, Ichikawa R, Hasuzawa N, Kadowaki A, Iwatsuki K, Shima K, Endo Y, Kitahara Y, Inoue T, Nomura M, Omote H, Moriyama Y, Miyaji T
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America   114 (31) E6297-E6305   2017年7月
Faculty of 1000(専門家による論文評価システム:http://www.sunmedia.co.jp/e-port/f1000/)で
「Recommended」に選ばれました。
「慢性疼痛に骨粗しょう症薬有効 岡山大研究グループが確認」
山陽新聞に研究成果が紹介されました。
 ATPなどのヌクレオチドを伝達物質とするプリン作動性化学伝達は慢性疼痛をはじめとするさまざまな疾患の発症に関与します。 小胞型ヌクレオチドトランスポーター(VNUT)は分泌小胞にATPを濃縮する膜タンパク質であり、プリン作動性化学伝達の必須因子の一つです。
 我々は、骨粗鬆症治療薬の第一世代ビスホスホネート製剤であるクロドロン酸が既存薬効より1000倍強力にVNUTを阻害することを見出しました。 クロドロン酸は骨粗鬆症治療効果が弱い一方で副作用も小さい特徴を有します。VNUTは神経障害性・炎症性疼痛や慢性炎症の発症に重要であり、 クロドロン酸は既存薬より副作用が少なく、これらの病態に有効でした。今後、疼痛や炎症性疾患領域で世界初のトランスポーター創薬になると期待されます。