着床前診断の行方

現在,妊娠してから,胎児に異常がないかどうか調べる方法としては,妊娠中に絨毛や羊水を採取する方法が一般的です.勿論,検査をすることと中絶をするかどうかとは別問題ですので,異常が見られても妊娠を継続される方も増えています.しかし,胎児に重大な異常が見られた場合,中絶をすることを前提に検査が行なわれることが多いもの実情です.中絶は,母体の身体にとってある程度のリスクのある手術であることもありますし,母体の精神にもダメージを与えることもあります.

着床前診断では,体外受精の技術を利用して,受精卵が体外で8細胞程度に分裂した段階で,その一部を取り出して,異常がないか遺伝子を調べます.そして,異常のないことを確かめた受精卵のみを子宮内へもどして妊娠を期待します.妊娠の前(着床の前)に診断をするため,遺伝性疾患を抱えた方にとっては,重大な異常が見つかった後に中絶をするのに比較して,母体の負担は軽くなるのがメリットです.

現在,着床前診断は多くの国で実施されていますが,日本では日本産科婦人科学会がその会告で着床前診断の実施を規制しており,重篤な遺伝性疾患のみに限定して実施を認めています.現在までに実施を申請した3例が却下され,2004年6月18日,初めて慶應義塾大学が申請したデュシェンヌ型筋ジストロフィー(全身の筋力が進行性に低下する疾患)の子供を過去に出産した夫婦に対する着床前診断の実施が許可されました.

しかし,付帯事項の中で『対象となる「重篤な遺伝性疾患」の定義については,今回「着床前診断に関する審査小委員会」から示された判断基準を暫定的に使用したが,その判断は難しく,今後も検討が必要』としています.つまり,日本では対象症例の判断基準もまだ明確に定められていない状況です.

日本産科婦人科学会は,2004年7月23日に内閣官房長官,内閣府特命担当大臣(科学技術政策),厚生労働大臣,文部科学大臣宛に要望書を提出しています.

「着床前診断は受精卵が胚として生命をうる段階で,生命の選別を行う手技であり,これは,最終的には患者さんの依頼を受けて医師が生命の選別を行うのですが,この生命の選別手技の実行の是非については,国が検討することが望ましいと考えます.(1)国のレベルで着床前診断の臨床実施の是非を決定していただきたいと思います.(2)もし着床前診断の臨床実施の許可がおりるのであれば,早急に着床前診断を含めた生命倫理全体の在り方について,政府全体で検討していただくことを要望いたします.」

このように,今後は,政府主導の着床前診断の実施規定などの詳細決定が望まれます.この際には,倫理学,法学,医学,患者など種々の分野のコンセンサスが得られるかどうかが問題となります.

 

(2004年8月15日)