瀬戸内海エネルギーハーベスト構想 ~里海エネルギーの活用~

瀬戸内海の洋上風力の活用をめざしたこれまでの『瀬戸内海洋上ウィンドファーム構想』を改め,新たに瀬戸内海の潮流エネルギーの活用も加えた『瀬戸内海エネルギーハーベスト構想』 ~里海エネルギーの活用~ を立ち上げました.

里海エネルギーを活用した地域の独立と活性化

洋上風力発電に適した瀬戸内海

        瀬戸内海の島々 ヨーロッパを中心に洋上風力発電の導入が盛んです.陸上よりも強く安定した風が吹く海の上に多数の風車を設置するものです.日本でも洋上風力の導入計画が進みつつありますが,遠浅の海が広がるヨーロッパと異なり,風車を設置可能な水深の浅い海域が少ないのが難点です.
 ところが,世界有数の閉鎖性海域である瀬戸内海は平均水深が30mで,風車設置が可能な水深の浅い広大な海域が広がっています.また,700~3000もの島々から成る「多島海」であり,それらの島々に風車を設置すれば,洋上と同等の良好な風が期待できるとともに,洋上よりも低コストで風車を建設できるメリットがあります.さらにそれらの島々の多くには,発電した電力を流すための送電線が既に敷設されており,新たに敷設する必要がない点でもコスト的に有利です.また,歴史的に見て地震による津波の被害が少なく,波が穏やかで規則的な海陸風が吹くことも洋上風力には好条件です.


瀬戸内海のもう1つのお宝 ~ 潮流エネルギー

    瀬戸内海の主な潮流 瀬戸内海には洋上風力以外にもう1つのお宝があります.それは潮流エネルギーです.瀬戸内海には,日本三大急潮流と呼ばれる鳴門海峡,来島海峡,関門海峡の他,明石海峡,尾道水道,大畠瀬戸などの多くの潮の流れの速い場所があります.これらの流れは最大で5メートル毎秒にもなり,このエネルギーは風速にすると50メートル毎秒の巨大台風に相当します.そのような巨大な台風は過去数回ぐらいしか日本に上陸したことがありませんが,瀬戸内海には毎日のようにこの巨大なエネルギーが流れているのです.水は空気に比べて質量が桁違いに大きいため,ゆっくりした流れでも大きなエネルギーをもたらします.しかも,風力や太陽光と異なり,潮流は気象に影響されないため,自然エネルギーにしては珍しく極めて安定したエネルギー源です.この安定電源と洋上風力を組み合わせれば,化石資源や原発に頼らない”エネルギー耕作型社会”を実現できるかもしれません.


洋上風力や潮流エネルギーを利用した地域活性化への期待

    地域活性化への様々な活用 瀬戸内海エネルギーハーベスト構想のもう1つの大きな目標は,洋上風力や潮流エネルギーを利用した瀬戸内海地域の活性化です. 例えば,発電した電力を汚れた海の水質浄化や大規模養殖に利用したり,あるいは風車の土台周辺の海中に魚礁や藻場を構築して魚を集めたりするなど,水産業への活用が考えられます.また,発電した電力を用いて海水を電気分解し,次世代エネルギーとして注目される水素を製造するなど,新たな環境産業の育成にも活用できます.さらに,美しい風車の姿を瀬戸内海の多島美と組み合わせて観光産業に利用したり,電力を利用した海水淡水化により夏場の渇水に備えるなど,様々な既存産業の活性化や日々の人々の暮らしに役立てることが可能です.将来の道州制の導入を見据えて,瀬戸内海に眠る「里海エネルギー」の活用と地方の独立をめざしています.


     クリーンコンビナートの実現 ところで,瀬戸内海沿岸には6つの大規模コンビナートが連なり,この地域の産業活動において大きなウェートを占めます.しかし,コンビナートの生産活動から排出される大量の二酸化炭素は地球温暖化の原因となり,全地球的な脅威になりつつあります.一方,2020年頃をピークに世界の原油は生産減少に転じると言われており,石油をはじめとする化石資源を工業原料やエネルギー源とするコンビナート産業は,世界的な資源の奪い合いによる原油の高騰などにより,近い将来,壊滅的な打撃を受けることは確実です.
 われわれはコンビナート沖合に洋上風車や潮流発電装置を設置し,発電した電力で海水を電気分解して製造した水素をコンビナートのエネルギー源や工業原料として利用する「クリーンコンビナート」の構築を考えています.コンビナートから排出される二酸化炭素を大幅に削減し,化石資源に依存しないエネルギー地産地消型のコンビナートの実現をめざしています.また,洋上風力から水素を生産するということは,自然界に蓄えておくことができない風力エネルギーを水素エネルギーという形で備蓄可能にすることを意味しています.エネルギーの備蓄によって,気象条件で大きく変動するため不安定で扱いにくいと言われる風力エネルギーの最大の欠点を克服し,風力発電の普及に大いに貢献します.さらに,水素は次世代エネルギーとして燃料電池の燃料などに使われるため,コンビナート周辺地域へパイプライン網を伸ばすことによって,コンビナートを中心とした水素社会を構築することも期待されます.


瀬戸内海の洋上風力でどれくらい発電可能なのか?

中国地方の電力消費量の4倍もの発電が可能!?

    瀬戸内海全体の発電量分布 それでは瀬戸内海の洋上にはどれくらいの風力エネルギーが眠っているのでしょうか.NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が公開している風況マップ(LAWEPS)を元に,70m高さの1500kW風車を520m間隔で瀬戸内海の洋上や島々に設置したと想定して発電量を試算してみました(右図).関門海峡から四国の佐田岬にかけての海域には風の通り道があり,多くの発電量が期待できます.また,鳴門・淡路島付近にも発電量の多い海域が見られます.これらの発電量を瀬戸内海全体で足し合わせると,なんと中国地方の総電力量の4倍もの発電が可能であることが明らかとなりました.中国地方だけでなく,四国や九州も賄えるような膨大なエネルギー量です.現在では7000kWに達する規模の風車なども開発されており,より大規模な風車を設置すれば,さらに多くのエネルギー量が期待できます.


風車設置が可能な水深の浅い海域に限定したときの発電量

   水深の浅い海域での発電量分布 洋上風力にとって瀬戸内海の最大の利点は,水深の浅い広大な海域が広がっていることです.水深が30mを超えると風車の設置が困難になります.そこで,水深が30m以下の海域だけに絞って発電量を試算してみました(左図).水深が30m以下の海域面積は全海域の7割に達し,さらに水深の浅い20m以下の海域に限定しても全海域の5割にも達することが分かりました.このような風車設置が可能な水深の浅い海域だけに限っても,中国地方の総電力量の2倍以上の発電が可能なのです.


コスト採算性で有利な風速の強い海域に限定したときの発電量

     高風速の海域での発電量 コスト採算性を考慮すれば,風車はなるべく風速の強い海域に設置するのが理想的です.コスト採算性に有利な平均風速として5m/s以上と6m/s以上の海域に限定して発電量を試算してみました(右図).平均風速5m/s以上の海域面積が全海域の7割に達するのに対して,6m/s以上の海域は3割に減少します.すなわち,瀬戸内海には5m/s台の風速の海域が多いため,この5m/s台の風力エネルギーを以下に有効に活用するかが重要になると考えられます.


総合的に見たとき,瀬戸内海で洋上発電に適した海域はどこなのか?

瀬戸内海で洋上発電に適した海域 上記の水深,風速以外にも風車の設置に制約となる条件として,国立公園や航路などがあります.これらの制約条件を重ね合わせて絞り込むことで,洋上発電に適した海域を抽出することができます.制約条件の内容によって結果は変わってきますが,2つの例を左図に示します.上の図は水深30m以下,平均風速5m/s以上,航路を除外するという条件をすべて満たす海域の発電量分布を示したものです.多くの海域がこの条件を満たすことが分かります.さらに下の図は,制約条件を最も厳しく設定したケースで,水深20m以下,平均風速6m/s以上,国立公園や航路はすべて除外したときの結果です.ほとんど該当する海域が無くなり,わずかに限られた海域しか該当しないことが分かります.しかし,このわずかな海域だけに限定した場合でも,中国地方の総電力量の6割をまかなえることが明らかになりました.特に,関門海峡付近の周防灘と鳴門海峡付近が極めて有望であることが分かります.


関連文献

「瀬戸内海洋上ウィンドファーム構想実現に向けての風力発電賦存量の試算」
比江島慎二;日本風工学会論文集,Vol. 34, No. 1 (No. 118), pp. 1-9, 2009
「Offshore wind power potentials in the Seto Inland Sea」
Shinji HIEJIMA and Yuuichi HIYOSHI; J. Environmental Science for Sustainable Society, Vol. 3, pp.35-40, 2009
「瀬戸内海洋上の風力発電賦存量」
比江島慎二,中元健太,田中隆一郎,鈴木昌次,山本計至;第19回風工学シンポジウム論文集,pp. 115-120, 200
「瀬戸内海ウィンドファーム構想」
比江島慎二;風力エネルギー,Vol.69, pp.99-101,2004