人工多能性幹細胞(iPS細胞)を作り出す技術が2006年に開発されて以来、再生医療技術の発展に拍車がかかりました。iPS細胞はどのような細胞にでも分化できる万能才能で、神経・筋肉、血液などを構成する様々な細胞へ分化させることができる細胞と言えますが、この分化を自在にコントロールするにはその条件を把握することが最も重要です。私たちは、このiPS細胞の万能性を利用して、がん細胞の素となるがん幹細胞を作り出す技術の研究を行っています。外来遺伝子の導入や遺伝子変異の導入を意図的には行わないのがこの技術の基本であり、大きな特徴です。この意味で、がん幹細胞の作成は、いわゆる「形質転換」とは区別されるべきもので、私たちは、幹細胞からの分化の一つに位置付けて考えています。
DNAマイクロアレイの解析結果をわかりやすく表現するために、自己組織化マップ(SOM)でクラスタリングを行い、その結果を球面上も表現して細胞や組織の特徴を視覚的に把握する試みを行っています。この方法は、DNAマイクロアレイだけではなく、大量データを解析してデータマイニングを行う場合に有効です。上記のがん幹細胞の分類等に利用しています。ヒト脳腫瘍細胞株の遺伝子発現プロフィールを本方法で解析してCD44が高発現していることを見出した実績もあります。
ドラッグデリバリーシステムとは、生体内の病巣へ薬を送り届ける技術です。細胞や組織に正確に薬剤を送り届けることにより、副作用を少なく効果を最大限に引き出すことが可能になると期待されています。私たちは、脂質で形成される直径100~200nmのリポソーム(ナノカプセル)の中に、溶解度差を利用するリモートローディング法などにより制がん剤を効率よく封入する方法の開発をはじめとして、
種々の細胞表面抗原を標的するための技術を開発し、in vivoで副作用が少なく効率よく機能するドラッグデリバリーシステムの技術を研究しています。これまでに、制癌剤として、シスプラチン、糖付加型パクリタキセル、ドセタキセルなどを効率よく封入することに成功しています。また、細胞表面抗原として、乳がんで有名なHER2やメタロマトリックスプロテアーゼの標的にも成功しています。
膵内分泌細胞の分化誘導:現代成人病の代表ともいわれる「糖尿病」では、膵内の内分泌細胞であるβ細胞のインスリン産生能力が低下します。このβ細胞を再生する因子としてベータセルリンが知られていますが、私たちは、この因子の遺伝子組換え体を調整する技術から、これに遺伝子の変異を加えて、β細胞の前駆細胞を成熟させる活性だけをもつ新規分子をデザインすることに成功しています。これまでは、ラットのがん細胞株やラットの個体を用いた研究が主でしたが、このベータセルリンをiPS細胞(幹細胞)へ応用してβ細胞への分化誘導を試みようと考えています。