Research
研究内容

Vision

物質の輸送から、生命機能を理解する

なぜ、細胞は物質の場所をわざわざ「分けて」いるのでしょうか?

生命を支えるアミノ酸、核酸、脂質、ミネラルなどの物質は、細胞の中のどこにでも同じように存在しているわけではありません。同じ物質でも、どこにあるのか、どれくらいあるのかによって、その働きは変わります。

細胞は、核、ミトコンドリア、分泌小胞などの細胞小器官をつくり、それぞれに異なる化学環境を維持しています。生命が進化する過程で生まれたこの「区画化」は、細胞がより複雑で高度な機能を獲得するための重要な仕組みの一つです。

では、細胞はどのようにして物質を必要な場所へ、必要な量だけ運び、それぞれの化学環境をつくり出しているのでしょうか?

私たちは、その鍵を握る輸送体(トランスポーター)に注目しています。

トランスポーターは、単なる「運び屋」ではありません。何を、どれだけ、どこへ、いつ運ぶのか。その選択によって物質の分布をつくり、生命活動に必要な化学環境を生み出します。

さらに、トランスポーターの働きは常に一定ではありません。物質を運ぶことで化学環境をつくり、その環境が再びトランスポーターの輸送活性を変化させます。こうした相互作用によって、細胞は自らに適した化学環境をつくり出し、さまざまな生命機能を生み出していると考えられます。

私たちは、生命の仕組みを分子レベルで捉える生化学を基盤に、分子・細胞・組織・個体という異なる階層をつなぐ統合的アプローチによって、物質の輸送と分布がどのように制御され、生命機能へとつながっていくのかを明らかにします。

区画化

生命機能の理解を、創薬へつなげる

物質の輸送や分布が変化すると、細胞の化学環境が変わり、その影響は組織や個体の機能へと広がります。そして、こうした制御の破綻はさまざまな疾患につながります。

だからこそ、トランスポーターの機能を明らかにすることは、生命機能を理解するだけでなく、疾患を引き起こす仕組みを理解することにもつながります。

私たちは、トランスポーターを起点として、物質の輸送・分布とその制御を分子から個体まで追究し、生命機能と病態を結ぶ分子メカニズムを明らかにします。そして、そこから新たな創薬標的を見いだし、これまでにない作用機序をもつ薬の創出へとつなげることを目指します。


Projects

当研究室では、人体を巨大な情報ネットワークと捉え、臓器間・細胞間コミュニケーションを担う中枢・末梢神経系や内分泌系などに着目し、情報伝達を支えるトランスポーター群の研究を進めています。

独自の生化学的アプローチを基盤に、まだ知られていないトランスポーターの機能を発見し、その分子メカニズムから生体内での役割までを追究することで、新たな生命機能の理解と創薬への展開を目指しています。

01 小胞型ヌクレオチドトランスポーターが制御する細胞間情報伝達

ATPは生命活動を支える「エネルギー通貨」であるだけでなく、細胞から放出され、情報伝達物質としても働きます。この情報伝達はプリン作動性化学伝達と呼ばれ、神経・内分泌・免疫系をはじめとするさまざまな生命機能に関わっています。

ATPが細胞外へ放出されるためには、まず分泌小胞にATPを濃縮する必要があります。私たちはその役割を担う小胞型ヌクレオチドトランスポーター(VNUT)に着目し、ATPがどのような仕組みで輸送され、その輸送がどのように細胞間の情報伝達を制御するのかを分子レベルから解き明かしています。

さらに、神経細胞やグリア細胞、内分泌細胞などにおけるVNUTの役割や、その機能異常によって神経障害性疼痛や慢性炎症などの病態が引き起こされる仕組みを研究しています。これまでに、オメガ3系多価不飽和脂肪酸であるエイコサペンタエン酸(EPA)がVNUTの輸送機能を抑制することで、神経障害性疼痛や慢性炎症などの病態を改善できることを明らかにしました。

02 未知のトランスポーターが担う新たな化学伝達

神経細胞は、神経伝達物質を分泌小胞に蓄え、必要なときに放出することで情報を伝えています。しかし、さまざまな神経伝達物質がどのように分泌小胞へ取り込まれるのか、その仕組みには今なお多くの謎が残されています。

私たちはこれまでに、アスパラギン酸、ATP、ポリアミンを輸送する小胞型トランスポーターを明らかにしてきました。独自の輸送活性評価法を基盤に、新たな小胞型トランスポーターを探索し、その機能と生体内での役割を明らかにする研究に取り組んでいます。

新たなトランスポーターとその輸送機能を明らかにすることで、これまで知られていなかった化学伝達の仕組みを解き明かし、新たな生命機能の発見を目指します。

03 ミネラルトランスポーターが支える生命機能

亜鉛をはじめとする微量ミネラルは、さまざまな生命機能を支えるだけでなく、情報伝達にも関わっています。一方、多すぎると毒にもなるため、その量や場所を適切に保つ必要があります。その重要な役割を担うのが、ミネラルを輸送するトランスポーターです。

私たちは、生命機能に不可欠なミネラルを輸送するトランスポーターに着目し、単一タンパク質の輸送機構から、細胞・組織におけるミネラルの分布とその制御、生理的・病態的役割までを明らかにする研究に取り組んでいます。

こうした研究を通じて、ミネラル輸送が生命機能や病態にどのように関わるのかを明らかにし、ミネラル輸送を標的とした新たな創薬の可能性を探っています。

04 オミックス解析で捉えるトランスポーターを起点とした分子ネットワーク

一つのトランスポーターの働きが変わると、その影響は一つの分子だけにとどまりません。物質の分布が変化すると、それに応じて遺伝子発現やタンパク質の量・翻訳後修飾、代謝などが連動して変化し、その影響は分子ネットワーク全体へと広がります。

私たちは、トランスクリプトーム・プロテオーム・メタボローム解析などの網羅的解析手法を用いて、トランスポーターによる物質輸送の変化が細胞や個体にどのような影響を与えるのかを明らかにします。

こうして得られる異なる階層の情報をつなぎ、トランスポーターを起点とする分子ネットワークを捉えることで、個々の因子の変化だけでは見えてこない、物質輸送から生命現象や病態へと至る仕組みを明らかにすることを目指します。