岡山大学光電磁波工学研究室

研究内容

研究課題

電気電子機器およびシステムの電磁環境適合設計法

 電気電子機器の多くは、「電磁ノイズを出さず、かつ、他からも影響を受けない」よう規制されており、その規制をクリアしないと製品として市場に出せません。このための設計を電磁環境適合(Electromagnetic Compatibility: EMC)設計と呼びます。このEMC設計やEMC自身を考える学問分野が環境電磁工学です。
 例えばスマートフォンでは、サイズは携帯電話と同程度で機能はパソコン並みが要求されます。そのためには、心臓部である集積回路(Integrated Circuit: IC)を大規模化したり、ICを搭載するプリント回路基板(Printed Circuit Board: PCB)を小型化し、部品を高密度に実装したりしなければなりません。そのPCBには設計者が意図せず発生させてしまう不要電磁波の発生源が多数存在します。最近では、その中で高品質な無線通信を行わねばなりません。そのため不要電磁波による電磁妨害(Electromagnetic Interference: EMI)抑制のためのノイズ対策が不可欠です。しかし、そのために製品全体のコストを押し上げます。コスト削減には、正確なノイズ予測と適切なノイズ低減設計を製品開発の初期段階で行うことが有効です。この目指すところがEMC設計です。
 電子機器は様々な情報を処理します。そのため、それらの機器には十分な情報セキュリティ性能が要求されます。当研究室ではハードウェアレベルの情報セキュリティ性能を保証するための技術に関する研究もしています。

PCBには不要電磁波放射の発生源が多数存在

平衡度不整合理論に基づくEMC設計

 不要電磁波の一例としてコモンモード電磁ノイズがあります。これは、現在のネットワーク社会において解決が望まれている代表的なEMC問題の一つです。ケーブルネットワークにおいて私たちが「意図して」有線通信を行う際にもコネクタなどで微弱な電磁波の「漏れ」が生じます。この「漏れた」電磁波は、システムグラウンド(グラウンド基準)を帰路とする「意図せず」形成された別のネットワークを伝搬し、日常使っている無線通信の電波に対してEMIを生じさせます。このようなケーブルネットワークは一般家庭やオフィスの中はもちろん、新幹線や飛行機、自動車の中にもあり、様々な場面でコモンモードが問題となっています。そもそもこの問題は、「意図した」ノーマルモードと「意図しない」コモンモードの間のモード変換が原因です。
 私たちは、このモード変換が線路の平衡度の違いによって発生するという平衡度不整合理論をケーブルネットワークに適用したモード等価回路を提唱しています。これを活用してモード変換の抑制技術を開発したいと考えています。また、この理論の精度を高めるため、電磁界の振る舞いをさらに精密に調べることも行っています。

モード変換を説明する平衡度不整合理論

周期構造による電磁波伝搬抑制

 PCB内部の電源供給系は、設計を容易にしたり、信号線の帰路を確保したりする目的で、平行平板構造にすることがあります。この時、不要電磁波がPCB内部で発生すると、この平行平板構造を不要電磁波が伝搬し、PCBに搭載したICの動作を不安定にしたり、微弱電流を扱う無線通信回路の動作を妨害したりする深刻な問題が生じます。
 このような平行平板構造における不要電磁波伝搬抑制を目的として、周期構造により形成されるEBG(Electromagnetic Bandgap)に関する研究を行っています。独自のアイディアから新しいEBG構造を提案し、企業と共同で国内だけでなく海外の特許を取得するとともに、ビジネス展開されています。周期構造を導入したプリント回路基板の一例として、独自に提案しているIDE-EBGを搭載した試験基板の外観図を示しています。赤色の点線枠内にIDE-EBGを形成しています。
 この他、PCB上の差動線路に周期構造を導入することでクロストークを抑制しつつ信号品質を改善するなど、周期構造を用いた電磁波伝搬制御に関する研究を行っています。周期構造を高速差動線路配線に周期構造を適用することで、クロストークとモード変換を抑制する信号品質(Signal Integrity: SI)設計にも取り組んでいます。

IDE-EBGを導入した試験基板の外観図

IDE-EBGの分散関係

半導体デバイスのEMC特性評価法およびEMCシミュレーションモデル

 音声や動画などのデータや暗号などの演算はPCBに実装されたICで処理されます。IC内部の回路は膨大な数のトランジスタで構成されており、個々のトランジスタで発生する電磁ノイズは微弱でも総量は無視できません。このICで発生するノイズの振る舞いを線形回路として表現(モデル化)し、この電磁ノイズの漏れ出しを抑制するためのICパッケージやプリント回路基板の設計手法を研究しています。
 研究対象はICのみに留まらず電力変換回路も扱います。ここ数年、ハイブリッド車やスマートグリッド等電力変換回路が使用される機器が増加しており、そこで発生するEMIが問題となっています。私たちは、ディジタルICおよびパワー半導体のスイッチングに起因する不要電磁波放射の等価回路モデルによるシミュレーションを研究しています。これまでに、ディジタルICを線形時不変回路でモデル化し実用的な精度で定量評価できることを示しています。パワー半導体においてはスイッチングの状態に分けたモデル化や負荷依存性を考慮することにより精度と実用性の両立を目指しています。

暗号ハードウェアの電磁的情報漏洩抑制技術

 個人情報や機密情報の保護は重要であり、ICカードやICT機器、自動車等様々な製品で暗号技術が使用されています。一方で暗号解読技術も急速に進歩しており、代表的なものの一つにサイドチャネル攻撃があります。サイドチャネル攻撃は、暗号機能を組み込んだ製品から漏えいする電磁ノイズを利用した攻撃法で、スーパコンピュータで解読するのに何10年もかかる暗号がわずか数時間で解読できてしまいます。そのため、暗号機器がサイドチャネル攻撃に対して安全に設計することが重要となっています。
 そこで私たちは、サイドチャネル攻撃に対する安全性を保証する暗号機器の設計法を開発しています。これまでに暗号回路を組み込んだモジュールから漏れ出す電磁ノイズを、等価回路を使って予測する手法を開発し、サイドチャネル攻撃に対する安全性を暗号回路の設計情報から高精度予測することに成功しました。最近では、安全性予測コスト低減を目的とした統計手法に基づくシミュレーションモデルの簡略化、AIを利用したサイドチャネル攻撃への対策にも取り組んでいます。

漏えい電磁波を悪用するサイドチャネル攻撃

研究プロジェクト

科学研究費補助金

その他の競争的研究費

企業との共同研究・受託研究・技術指導

毎年5件程度

所有機器・シミュレータなど

測定・評価装置

  • E5071C ENAベクトルネットワークアナライザ(300 kHz~20 GHz | Keysight Technologies)
  • E5071A ENA RFネットワーク・アナライザ(300 kHz~8.5 GHz | Agilent Technologies)
  • E5061B ENAベクトルネットワークアナライザ(5 Hz~3 GHz | Keysight Technologies)
  • N9020A MXAシグナルアナライザ(10 Hz~26.5 GHz | Agilent Technologies)
  • N5181A MXG RFアナログ信号発生器(10 kHz~6 GHz | Agilent Technologies)
  • N9320B スペクトラムアナライザ(9 kHz~3 GHz | Agilent Technologies)
  • E7403A EMCアナライザ(9kHz~6.7GHz | Hewlett-Packard)
  • 54845A ディジタルオシロスコープ(8 GSa/s | Agilent Technologies)
  • DSOX4034A ディジタルオシロスコープ(5 GSa/s | Agilent Technologies)
  • 4EM500 近傍電磁界測定機(NECエンジニアリング)
  • ALC-3N9053電波暗室(3m法 |トーキン)

シミュレータ

  • Ansys HFSS
  • Keysight ADS
  • Cadence AWR Microwave Office
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