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1.太陽系における地球型惑星の形成
地球は約46億年前に太陽系惑星の一つとして形成されました。太陽系の創生は40年ほど前から本格的に研究されて、最近の天体観測の進歩と高度なコンピュータ・シュミュレーションによってその形成の道筋が見えてきました。それによると、まずガス(水素、ヘリウム)とミクロンサイズの塵(地球の素になるけい酸塩物質など)からできた星間雲が周りより密度の大きな領域を中心に重力収縮を始めます。収縮が進むにしたがって、中心に原始太陽ができてその周りには星間雲が回転しながら円盤状に分布するようになります。やがて原始太陽が輝き始めると、その熱と光によって回転円盤の中のガスはほとんど外側(現在の小惑星軌道より遠方)に押しやられ残された塵は(静電引力と分散力によって)‘ベタベタ’と互いにくっつき合ってどんどん大きな塊に成長します。塊の大きさが増すにつれて重力(万有引力)の威力が増して、10km位の微惑星と呼ばれる小天体になるとその後は急速に衝突合体が進んで行きます。この過程では、重力の性質上大きなものは益々大きくなり、地球の1/100(月並)から1/10(火星並)の重さを持つ数100個の“萌芽惑星”が全体の重さのほとんどを占めるようになります。星間雲の収縮からこの段階までの時間は約100万年です。ここからは“萌芽惑星”の大きなものが残りの“萌芽惑星”と微惑星を集めて約1億年かけて現在の地球型惑星(水、金、地、火星)に成長します。この集積の終段階の特徴は、成長を続ける原始惑星に月から火星程度の大きさの天体が高速でぶっつかる巨大衝突(ジャイアントインパクト)です。ちなみに地球で起こった最後の巨大衝突では火星の1.2倍の重さの天体が秒速9 kmをもって地表面に45度の角度で突入したとされています。その結果、衝突天体のほとんどと原始地球の一部が引き剥がされ、著しい高温のために融解や蒸発を起こしながら粉々になって地球の周りを回る軌道に乗ります。しかし、やがて冷却するにしたがってこれらの物質は周回しながら集積して、約1ケ月後には地球半径の3-5倍(約20,000km)の軌道のところに月を形成します。この時点で地球の一日と月が地球を一周する時間とは約4.6時間で同じです。この特徴は地球と月の間の潮汐作用でその距離が20倍に伸び一日が24時間になった現在でも保たれています。このようなジャイアントインパクト仮説は、たとえば金星の自転と公転の逆方向関係の説明にも好都合です。さらに、萌芽惑星の集積段階のシュミュレーションによって実際の地球型惑星系に酷似した結果を見せられると、疑り深い筆者でも“信じなければ”と思うようになってしまいます。
2.マグマオーシャンと地球の化学的分層過程
それでは最後のジャイアントインパクトによって形成初期の地球では何が起こるのでしょうか。強力な衝撃圧縮によって地球の温度は激しく上昇して、全体の30%は7000K以上にもなります。こうなると、形成初期の地球はけい酸塩の大気と深さ1000km以上に及ぶ溶融層(マグマオーシャン)に覆われることになります。マグマオーシャンの中では物体の重力分離が容易で、地球に降り戻った衝突天体のコア(核)物質も含め密度の大きな溶融鉄相は急速に沈降して地球中心核を作ります。一方マグマオーシャンの内部でも冷却が進むと同様な物質分化が起こります。マグマオーシャンを作っているけい酸塩はSiO2,
MgO, FeO, Al2O3,
CaOなど多くの成分から出来ているので、固結が始まる温度と液相が完全に無くなる温度との間には何100度もの開きができます。一般に固相の方が液相より高密度なので高温で結晶化する固相から順に沈降して、固化の進行とともに地球のマントルと呼ばれる深さ2900kmまでの岩石圏では、下方に固相、上方に残りの液相という成層構成が出来たと考えるのは自然なことでしょう。固相と液相では同じ圧力・温度で共存していても化学組成が異なるのでこの成層は化学的分層でもあります。
この分層構造を明らかにする上で最も必要な情報は、深いマグマオーシャンに相当する圧力(深さ1000kmでも40GPa)の下で生ずる固相の特定と固相、液相の化学組成の決定です。マントルは我々の生活に直接にかかわる地殻と呼ばれる部分で覆われています。しかし、玄武岩という火山岩の中にしばしばマントル物質が捕獲され地上にもたらされます。その深さは150kmに及びます。このような捕獲岩のほとんどはペリドタイト(かんらん岩)で、その主な鉱物は(Mg,Fe)2SiO4で表されるオリビン(かんらん石)です。一方、地球の組成はその形成過程から、温度の上昇によって容易に散逸するいわゆる揮発性元素を別にすれば、もともとの星間雲の組成すなわち全太陽系の組成を色濃く反映しているはずです。この化学組成は隕石と太陽大気スペクトルから決定され宇宙元素存在度としてほぼ確定されています。この組成からマントルと中心核に元素を割り振って得られるマントル組成をCIマントルと呼んでおきます。ペリドタイトとCIマントルの特徴的な違いはSiO2の量にあり、後者では輝石(Mg,Fe)SiO3が卓越します。この違いは大問題です。マグマオーシャンの中で生ずる分層もその解答を与える可能性があります。いずれにしてもマントル物質の高圧下での溶融関係を明らかにする必要があります。このためにペリドタイトとCIマントルの溶融関係の決定は1980年代後半には下部マントル最上部26GPaまで行われました。この研究から、液相と共存する固相(リキダス相)は圧力とともに変化してマグマオーシャンの深さ700kmあたりではいずれの組成でも“岩塩型酸化物”(Mg,Fe)Oになります。この結果では上の問題に解答を与えることはできません。このような溶融実験では少なくともmgオーダーの試料を2,800K以上の高温に安定に保持する必要があります。これを可能にする高圧装置は長年にわたって当センターが開発を続けて来た川井型装置以外にありません。溶融実験の圧力限界は圧力発生部材としてタングステンカーバイド(超硬合金)を用いたこの装置の発生圧力の限界でした。幸いなことに1990年代に入ってより硬度の高い燒結ダイヤモンドを用いて現在では63GPa以上の発生が可能なりました。こうした状況の下でマントル物質の溶融実験も40GPa程度まで拡大され、31GPa以上ではリキダス相は劇的に変化して1000kmより深いマグマオーシャンの中では(Mg,Fe)SiO3とCaSiO3の組成をもちながら輝石より30%も高密度なペロフスカイト型構造をとる物質が沈降分離してペリドタイト組成の液相が上方に残ることが示されました。図1の上方にはCIマントルでのこのような分化を模式的に示してあります。このモデルではマントルの底から深さ約1500kmまでは(Mg,Fe)SiO3とCaSiO3の二種類のペロフスカイトが堆積しその上方ではペリドタイト組成の残液が固結して二層構造が作られます。下方の図は米国のケロッグという人たちが描いたマントル断面の“マンガ”です。地質時代にわたるマントルの対流(上下の物質移動)によって成層構造は著しい変形を受けますが、ペロフスカイト層はペリドタイト層に比べて数%以上高密度なのでマントル下部に長時間滞留すると考えられます。一方、CaSiO3ペロフスカイト相の特徴は、比較的大きなK+1などアルカリイオンとLa3+など希土類元素イオンが対になってCa2+を置換して取り込むので液相に対してもこれらの元素がはるかに濃集することです。こうして、ペロフスカイト層は地球始原物質に比べてマントルペリドタイトでは欠乏している”雑多な微量元素”の大きな収容庫であること、また発熱元素であるKの濃集は高温領域であることも示唆しています。
このようにマグマオーシャンにともなう分層過程の研究は大変ドラマチックで興味をそそるのですが、何分にも高圧力だけではなく3000Kにおよぶ高温発生に加えてこのような条件下でも安定で不活性な試料容器が必要なので試行錯誤の積み重ねによって一歩一歩進めていくしかありません。今後は溶融実験の圧力範囲を広げるとともにマントルと中心核の分離にも研究を進めていきます。
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