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XAFS,XRS分光法とその地球科学への応用 | 福井宏之 | ||||||||||
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1.分光法とは 物質は電磁波(マイクロ波;赤外線;可視光線;紫外線;X線; γ線)と相互作用を起こします。相互作用を起こすことにより、電磁波の運動量やエネルギーは相互作用を起こす前と変化します。エネルギーが変化せずに運動量だけが変化する相互作用の結果は弾性散乱と呼ばれます。電磁波のエネルギーが変化する場合は減少する場合が多く、エネルギーの減少分は熱エネルギーになったり電子や新たな電磁波として放出されます。 分光法とは、狭義において、物質と電磁波の相互作用が起こる確率が電磁波のエネルギーにどのように依存するかを測定する方法です。その関係を用いて物質の同定を行うだけでなく、温度・圧力・化学組成を変えながら測定することで物質の持つ性質の解明を行います。 ここでは電磁波の中でもX線に注目して、どのような分光法があるのかを紹介します。 XAS(X-ray Absorption Spectroscopy; X線吸収分光法) XAFS(X-ray Absorption Fine Structure; X線吸収微細構造) 物質はX線を吸収します。吸収の度合いはX線の持つエネルギーに応じて変化します。それは物質を構成する各元素は、それぞれ特有のイオン化エネルギーを持ち、このエネルギーより低いX線とそれより高いエネルギーのX線とでは吸収量が不連続に変化します。イオン化エネルギーよりも高いエネルギーを持つX線は、元素の内殻電子を殻外へと励起することができるため吸収されやすくなります。この吸収量(吸光度)が急激に変化するエネルギーを(特性)吸収端と呼びます。この特性吸収端のエネルギーは各元素に固有で、内殻の種類(K殻;L殻;M殻)に応じていくつかの吸収端が存在します。また吸収端のエネルギーは原子番号と共に増加し、吸収端より低いエネルギーと高いエネルギーとでの吸光度の差は吸収端エネルギーが高くなるにつれ小さくなります。 X線のエネルギー(あるいは波長)に対して吸光度をプロットしたものを吸収スペクトルと呼びます。この吸収スペクトルの吸収端近傍を詳細に調べてみると、特性吸収端の付近から高エネルギー側の領域に微細構造が現れます。これをX線吸収微細構造と呼び、またそのエネルギー範囲によって2つに分けられることもあります。吸収端のごく近傍をXANES(X-ray Absorption Near Edge Structure;X線吸収端構造)、それより(高エネルギー側に)広い範囲をEXAFS(Extended X-ray Absorption Fine Structure;広域X線吸収微細構造)と呼びます。 EXAFSスペクトルを詳しく調べるすることによって次のようなことが分かります。 1. X線を吸収した原子(中心原子)の種類 2.中心原子の周りに存在する原子の種類 3.中心原子の周りに存在する原子の数(配位数) 4.中心原子の周りに存在する原子までの距離(原子間距離)とその時間的・空間的な揺らぎ またXANESスペクトルを分子軌道などの理論計算結果と比較することで、対象原子が電子構造を推測することができます。ただし、対象原子が物質の中で複数の状態で存在している場合、XANESはそれらの平均として得られます。 これらの測定は対象原子がどのような物質でも(原理的には)行うことができます。 ただし、次のようなデメリットも存在します。 1.中心原子から5~6Å(オングストローム;1Å=10-10m)までの情報に限られる 2.軽原子の特性吸収端エネルギーは低く試料以外の部分での吸収が大きくなってしまう。そのため軽原子を測定するには特別な環境を整えなければならないが、それを実現するのは簡単ではない ![]() 図:鉄原子(Fe)の吸収係数のエネルギー依存性 XRS(X-ray Raman Scattering: X線ラマン散乱;X-ray Raman Spectroscopy: X線ラマン分光) X線の吸収は1光子過程と呼ばれます。この過程は、入射されたX線が原子の内殻電子と相互作用し、X線は消滅し内殻電子は非占有軌道へと励起される(光子+内殻電子=励起電子)からです。 内殻電子がX線によって非占有軌道へと励起される過程は1光子過程だけではありません。入射されたX線が内殻電子を非占有軌道へと励起し、入射X線の持っていたエネルギーのうち電子の励起に用いられなかったものが再びX線として放出される(光子+内殻電子=励起電子+光子)という2光子過程があります。この過程はX線ラマン散乱と呼ばれます。X線ラマン散乱はX線非弾性散乱のひとつです。 このX線ラマン散乱では、あるエネルギーを持つ散乱X線の強度を入射X線と散乱X線のエネルギー差に対してプロットすることでX線ラマンスペクトルを得ることができます。このX線ラマンスペクトルは(ある条件の下で)X線吸収スペクトルと同じ構造を取ることが理論的に示されています。ただし、散乱が起こる確率(散乱断面積)が非常に小さいため、定量的な議論に堪えうる質のデータを得るためには高輝度の入射X線と長い露光時間が必要です。 ![]() この手法のメリットは 1.軽原子(特に極限条件にあるもの)に対して有効 2.中心原子についてより詳しい電子構造を知ることができる(電気双極子近似を超えた遷移が可能であるため) デメリットは 1.散乱断面積が小さいため、原子の密度が高くなければならない 2.高いエネルギー分解能を持つ検出器が必要 3.シグナルが非常に弱いため、原子間距離やその揺らぎを精密に決定するのは簡単ではない しかしながら、地球を構成する主要元素は軽元素であり、地球内部は高温高圧の極限状態であることから、このX線ラマン散乱の手法が非常に有効なものとなりうるであろうと期待されています。 右図:XASとXRSにおける電子励起の概念図 その他にもX線を用いた分光法はいろいろあります。 2.XAFS、XRFの地球科学への応用 XAFSとXRSとで分かることをまとめます。 1.X線を吸収した原子(中心原子)の種類 2.中心原子の電子構造 3.中心原子の周り(5~6Å)の情報 3-1.配位原子の種類 3-2.配位数 3-3.原子間距離とその時間的・空間的な揺らぎ これらの測定を地球科学に適用していくことで、どのような問題に対してどのような知見を与えるでしょうか。また、どのような物質を対象にして測定を行えばよいのでしょうか。 地球科学における問題について考えて見ましょう。 まず挙げられるのがマグマの問題です。マグマとはケイ酸塩溶融体です。岩石が融けたもので複数の鉱物種を含んでいます。マグマの中で原子同士がどのように配置してどのように結合しているか。またその結合の強さはどれくらいなのか。こういったことがマグマの物性値やマグマ中での原子の移動のしやすさなどに関わってきます。 次に地球内部の温度圧力条件と地球内部物質の推定(地球内部構造の推定)の問題です。地球内部について直接測定できるものとして、地震波速度の測定により分かる弾性率に関する情報があります。実際の測定値とモデル物質の物性値を比較することが、地球内部構造を推定していく手段となります。よって、高温高圧条件下での弾性的性質を理解することが地球内部構造を決定する上で非常に重要になります。 最後に地球化学的な問題があります。希ガスや希土類元素など、主要元素に比べて地球には微量しか存在しない元素(微量元素;trace elements)の振る舞いが地球の進化を解き明かす際に重要となります。こういった微量元素が鉱物結晶・岩石・あるいはマグマ中においてどのように捉えられているのかについてはよく分かっていないことが多いようです。こういった微量元素がどのような温度圧力条件下でどういった物質に濃集されるかということは現象論的には詳しく調べられていますが、このことを物質科学的に解明することが求められています。 マグマの問題について XAFSやXRSを用いることで、マグマつまりケイ酸塩溶融体中の原子がおかれている環境(原子の局所構造構造)を調べることができます。ケイ酸塩溶融体の原子構造は基本的にはケイ素(silicon;Si)と酸素(oxygen;O)がネットワークからなっており、その隙間にその他の原子(あるいはイオン)が存在していると考えられています。ケイ酸塩の融点は非常に高温であるため、ケイ酸塩ガラスが試料として用いられてきました。またケイ素や酸素の特性吸収端は1.7keV、0.5keVと非常に低エネルギーであるため、主にネットワーク中にあるその他の原子についての局所構造が調べられています。また、ケイ素と似た性質をもつゲルマニウム(Ge)を含むゲルマン酸塩というものがあります。ゲルマン酸塩はケイ酸塩より構造変化が低い温度圧力条件で起こるため、このガラスを試料としてネットワーク構造の圧力変化の測定や溶融体(メルト)の構造の圧力変化などが近年調べられています。今後XRSの発展に伴って、ケイ素や酸素に注目した原子構造の解明が進むでしょう。 弾性率の問題について 地球内部候補物質の弾性定数は、地球内部条件において体積の圧力変化を測定することにより求められています。ここで求められる弾性定数は体積弾性率(bulk modulus)と呼ばれるものです。これから地震波の縦波(剪断波、粗密波)の速度を推定することが可能です。しかし地球内部では地震波速度が地球を伝わる方向によって異なるということ(地震波速度の異方性)が観測されており、この原因を解明するためには地球内部候補物質の弾性的性質についてのより詳細な理解が必要です。XAFSやXRSを温度を変えながら測定しそれらを定量的に解析することにより原子間の結合の強さを評価することができます。結晶構造の情報とその結晶内の原子間の結合の情報とを組み合わせることによって、物質中を進む弾性波の速度が結晶方位によってどのくらい違うのかを見積もることができるようになります。しかも大きな結晶を用いずに粉末試料からこれらの情報を求めることができます。 ![]() 図:α鉄の振動の模式図 微量元素の存在形態の問題について XAFSに必要な吸光量は(測定法にも依りますが)それほど大きい必要はありません。そのため微量元素についても測定が可能です。残念ながら、XRSを微量元素に対して適用することは現在のところ難しいでしょう。 この問題については、XRSに非常によく似た手法で、透過型電子顕微鏡(Transmition Electron Microscope;TEM)を用いる電子線エネルギー損失分光法(Electron Energy Loss Spectroscopy;EELS)という電子線分光法が役に立つかもしれません。技術の発展に伴い、近年ではダイヤモンドアンビルセル(Daiamond Anvil Cell;DAC)のわずか10-4mm3という体積に地球内部と同じような高温高圧条件を作り出すことができるようになりました。この装置によって合成された非常に小さな岩石を分析電顕(Analytical-TEM;ATEM)を用いることで調べることが可能となってきています。EELSはDAC,ATEMという現在の高圧地球科学の手法とあわせて用いることで更なる知見を与えてくれるでしょう。ただし、電子線は物質との相互作用が非常に強いため試料を薄く調整して真空中に置く必要があります。そのためEELSは高温高圧下にある物質に対して適用することはできません。また熱に弱い物質は分析できないことが多いようです。 3.参考文献
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