醍醐桜が教えてくれたこと

 

1.  やや冗長で個人的な前書き

.  福渡まで輪行 

.  旭川沿いを走って真庭まで 

4. 醍醐桜に至る道 

. とうとう醍醐桜までやってきた 

. 帰路

. 再び福渡に

. やや冗長で個人的な追記

 

 

. 醍醐桜に至る道

 やがてR313r84の分岐に着く。醍醐桜の看板が出ており、これから醍醐桜に至る道に入るのだと思う。r84は何ということもない田舎道であるが、途中、綺麗な菜の花畑があった。

 

 交通量はごく普通の田舎道と変わらぬほど少ない。非常にありがたいことであるが、醍醐桜といえば、花見客の車の大渋滞が有名なので、平日の早い時刻とはいえやや拍子抜けであった。以前、テレビで醍醐桜目当ての車が延々と渋滞しているのを見たときは、そのすさまじさに度肝を抜かれ、たとえ渋滞とは無縁の自転車でもこんな所には来たくないと思ったほどだった。r84から醍醐桜へと続く道の分岐点では、シルバー人材センターの人であろうか、年配のおじさん達が交通誘導をしてくれていた。皆さん、対応がとても親切で温かく、交通事故のないよう気遣ってくれる。これも土地柄なのだろうか。

 分岐点には、片栗の花の群生地があった。もう、とうに季節は過ぎているので正確には「群生地であった所」だ。しかし、まだ少し花が残っていたので、せっかくなので寄ることにした。片栗の花を実際に見るのは初めてである

 

  可憐な花だ、と思った。「可憐な」、凡庸な表現であるが、ほんの数年前まで、私にはその「可憐」が分からなかった。花に全く関心が無く、花を世話する人の姿を目にすると、なぜ食えもせぬ花に手間暇かけるのかといぶかしく思ったものだった。そういえば、今ではしばしば花を撮る私の親父も昔は花にそれほど関心がなかったはずである。ぼんやり片栗の花を眺めながら、人は歳をとると花を愛でるようになるのだろうかと思った。

 片栗の群生地を後にすると道の勾配がきつくなり、10%を超える箇所もある。しかし、もともと上りが苦にならない性質で、しかもまだ寒かったので上りになってありがたかった。

つづく